七ヶ宿町刈田郡宮城県

玉ノ木原古戦場跡

宮城の最南西部に位置し、江戸時代には奥州と羽州を結ぶ道が七ヶ宿街道と称され、七つの宿場があった事が町名の由来となった七ヶ宿町。慶長五年(1600)、白石城を攻略した伊達軍はこの七ヶ宿の湯原館を攻め、二井宿峠に程近い玉ノ木…

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加美町加美郡宮城県

町指定史跡 小山田筑前の墓

宮城県北東部、鳴瀬川と田川の合流点東北部に位置する旧中新田町(現加美郡加美町の一部)。町を南北に走る羽後街道を北上し、鳴瀬川に架かる鳴瀬橋を渡ると薬師堂という地域があり、ここに奥州伊達政宗の臣、柴田郡小山田城主であった小…
仙台市宮城県

慈雲山 資福寺

仙台城下の北辺を区切る台原段丘の西半を占める地域、仙台市青葉区北山。諸寺に対する崇敬と城下防衛の意味も兼ね、慶長年間伊達氏縁故の寺々が段丘上の用地に配置されたこの町の東に、京都妙心寺の末寺で、米沢時代から伊達氏の厚い崇敬…
仙台市宮城県

増上山 大願寺

仙台市の北西部、北山の寺町に続く寺院街である仙台市青葉区新坂町。江戸〜昭和期にかけて大願寺前丁と呼ばれた街路を西に進むと、石城郡夏井専称寺の末寺、大願寺があります。寛永十三年(1636)伊達政宗死去の際にはこの地で葬礼を…

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仙台市宮城県

松蔭山 光明寺

仙台市内の北西部、北山・台原丘陵上に位置する青葉町に、弘安六年(1283)伊達氏四世政依が「伊達五山」のひとつとして建立した初代朝宗夫人結城氏の菩提寺、光明寺があります。光明寺は当初伊達郡にありましたが、慶長九年(160…
宮城県登米市

伊達上野介政景の陣地跡

宮城県北部、迫川流域の平坦地に位置する栗原郡佐沼(現登米市迫町佐沼)。大崎・葛西の要よう衢くであったこの地域に、葛西大崎一揆で太守木村吉清らが籠城した佐沼城(別称、鹿ヶ城)があり、城から東へ800mの地点には、その際佐沼…
仙台市宮城県

少林山 保春院

仙台城下町のひとつで、仙臺藩祖公御母堂菩提所・保春院の前に形成された町、保春院前丁。この少林山 保春院は、仙台七刹のひとつ、臨済宗花園妙心寺の末寺で、寛永十二年(1635)藩祖伊達政宗が、生母である保春院の十三回忌に菩提…

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仙台市宮城県

通宝山 永昌寺

仙台城下町のひとつで、北山輪王寺門前より新坂に至る通であった新坂通。昭和43年以降、新坂町と名を変えた寺屋敷が並ぶこの町の北側に、昌伝庵の末寺で元和九年に再興された通宝山永昌寺があります。政宗の生母保春院は元和九年(16…
仙台市宮城県

遠山 覚範寺

仙台城下町のひとつで、城下設定と同時に割り出された寺町、仙台市北山。この地に、京都妙心寺の末寺、臨済宗遠山覚範寺があります。覚範寺は、天正十四年(1586)伊達政宗が父輝宗の菩提を弔うため建立。住職に政宗の師である虎哉和…
亘理町亘理郡宮城県

十文字館跡

常磐線「逢隈駅」から西へ2km、旧逢隈村(現亘理町)に十文字という集落があり、現在十文字神社が建つ東側の水田地帯の一画に十文字館がありました。嵯峨天皇の子、源綱安が源義経に仕え、衣川の戦に敗れたのちにこの地で城を築き十文…

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