南奥羽歴史散歩
畠山氏家臣瀬戸川氏の居館跡で、人取橋の戦いでは伊達成実が布陣し、佐竹・蘆名ら連合軍の猛攻を迎撃した。
福島合戦の折、政宗は泉性院境内の銀杏に馬を繋ぎ、陣を構えたとの伝承が残る。
人取橋の戦い、太田原合戦で佐竹・蘆名・岩城氏ら連合軍の本陣となった城館跡。
人取橋、桝形、観音堂間を主戦場とし、太田原合戦とも称された戦場の跡地。
大里城とも称され、政宗の軍勢に攻められるも最後まで落城しなかった名城。
関ヶ原の緒戦を飾る白石城攻めの際、政宗が本陣を構えた陣場跡。
葛西大崎一揆の戦いで、伊達軍の留守政景はこの地に陣を構えた。
天正十六年、郡山合戦時の伊達政宗本陣跡、麓山神社。
伊達軍と蘆名・佐竹ら連合軍が戦った郡山合戦の際、片倉景綱が陣所とした古墳跡。