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登米市
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葦名館跡(葦名在所)
宮城県北西端にあって夏川を境に岩手県に接し、南境を迫川が東流する旧石越村(現登米市石越町)。戦国期には葛西・大崎の二大勢力の接点となったこの地に、かつて戦国大名の雄であった会津蘆名氏の支流、葦名豊前守盛寿が1,500石の…
市指定史跡 首壇
葛西大崎一揆の戦死者二千七百余人を葬った場所と伝わる塚。
伊達上野介政景陣地跡
葛西大崎一揆の戦いで、伊達軍の留守政景はこの地に陣を構えたという。
伊達政宗本陣跡 御陣場山/神明社跡
葛西大崎一揆鎮圧における佐沼城攻めにおいて、政宗本陣が置かれたと考えられている御陣場山と神明社跡地。
津島神社
葛西大崎一揆鎮圧において、難攻不落の佐沼城に万策尽きた政宗が祈願したとされ、のちに城下である現在地に移された。
迫兵粮山公園
大崎葛西の一揆における佐沼の役で、伊達政宗の軍勢が兵糧を運び、炊飯の場所としたのがその名の由来だという。
寺池館跡
中世には葛西氏、小野寺氏らの居城であったが、伊達政宗の所領になると白石宗直が入城、登米伊達氏を称して代々の居城となった。
舎那山 長谷寺/伊達小次郎君墓所
大同二年坂上田村麻呂創建、元応元年筑源再興と伝わる寺院で、南方の右年山には政宗実弟伊達小次郎と傅役小原縫殿助の墓がある。
御館跡
正保元年(1644)前沢より西郡村に移封となった大内氏の居館跡で、大内重綱は初め西郡古館に居住し、元文五年(1740)孫の義道の代に当館跡に移ったという。