仙台市宮城県

旅立稲荷神社

宮城郡国分荘にあり、少林神社(わかばやしじんじゃ)付近より豊富で良質な清水が湧き出ていたことに由来すると云う旧小泉村(現仙台市若林区若林、南小泉ほか)。藩祖伊達政宗の居城として寛永四年(1627)に普請された若林城の南西…

続きを読む
仙台市宮城県

微笑山 江巖寺

仙台城下町のひとつで、江戸初期に足軽屋敷や侍屋敷が置かれた北八番丁(現柏木1〜3丁目、堤通雨宮町、木町、通町1丁目)の一角に、元和元年(1615)三月十八日、七歳で夭折した竹松丸の菩提寺、微笑山 江巖寺(みしょうざんこう…
宮城県登米市

葦名館跡(葦名在所)

宮城県北西端にあって夏川を境に岩手県に接し、南境を迫川が東流する旧石越村(現登米市石越町)。戦国期には葛西・大崎の二大勢力の接点となったこの地に、かつて戦国大名の雄であった会津蘆名氏の支流、葦名豊前守盛寿が1,500石の…
宮城県登米市

市指定史跡 首壇

宮城県北部、迫川流域の平坦地に位置し、江戸期には亘理氏の城下町として栄えた登米市迫町佐沼。その市役所西方の高台に、葛西大崎一揆の戦死者二千七百余人を葬ったと伝える首壇があります。天正十八年(1590)、小田原攻めに参陣し…

続きを読む
宮城県岩沼市

鵜ヶ崎城跡(岩沼要害)

宮城県南部の太平洋沿岸、阿武隈川下流の北部に位置する岩沼市。往古は武隈と称していたこの地に、奥州伊達氏の重臣・泉田安芸守重光の居城であった鵜ヶ崎城があります。岩沼古内家相続次第書によると、その規模は、南北150間、東西6…
亘理町亘理郡宮城県

朝日山 荘厳院 称名寺

宮城県東南部に位置し、北は阿武隈川によって限られ、西は阿武隈山脈によって角田市と接する亘理町。町の西部、亘理平野を見下ろす旭山の高台に、浄土宗 称名寺があります。称名寺は、涌谷に移った光明院跡に残された草庵が秀明寺となっ…
七ヶ宿町刈田郡宮城県

玉ノ木原古戦場跡

宮城の最南西部に位置し、江戸時代には奥州と羽州を結ぶ道が七ヶ宿街道と称され、七つの宿場があった事が町名の由来となった七ヶ宿町。慶長五年(1600)、白石城を攻略した伊達軍はこの七ヶ宿の湯原館を攻め、二井宿峠に程近い玉ノ木…

続きを読む
加美町加美郡宮城県

町指定史跡 小山田筑前の墓

宮城県北東部、鳴瀬川と田川の合流点東北部に位置する旧中新田町(現加美郡加美町の一部)。町を南北に走る羽後街道を北上し、鳴瀬川に架かる鳴瀬橋を渡ると薬師堂という地域があり、ここに奥州伊達政宗の臣、柴田郡小山田城主であった小…
仙台市宮城県

慈雲山 資福寺

仙台城下の北辺を区切る台原段丘の西半を占める地域、仙台市青葉区北山。諸寺に対する崇敬と城下防衛の意味も兼ね、慶長年間伊達氏縁故の寺々が段丘上の用地に配置されたこの町の東に、京都妙心寺の末寺で、米沢時代から伊達氏の厚い崇敬…
仙台市宮城県

増上山 大願寺

仙台市の北西部、北山の寺町に続く寺院街である仙台市青葉区新坂町。江戸〜昭和期にかけて大願寺前丁と呼ばれた街路を西に進むと、石城郡夏井専称寺の末寺、大願寺があります。寛永十三年(1636)伊達政宗死去の際にはこの地で葬礼を…

続きを読む