県指定史跡 中村城跡の来歴
中村城の由来
中村城のはじまりは非常に古く、平安時代の延暦20年に (801)に坂上田村麻呂が蝦夷征伐のとき西舘(現在 の中村城の西部一帯)に菅原敬実をおいて守らせたと伝える。
敬実は天神(今の北野神社)を氏神として舘をかまえていたが、後世になって源頼朝が平泉の藤原泰衡を討っての帰りみち、天神林に馬をつなぎ菅原の舘に宿営したと伝えられる。
その後中村城は居住者の無かった時代もあり中村氏や黒木氏が居住したこともあり、小高城の相馬氏がここに城代をおいたこともあって変遷をくり返した。
慶長16年(1611)相馬藩主利胤のとき城の南下を流れていた宇多川をさらに南方に切りかえ、土木工事を盛んにおこして城を広げ今見るような姿にして小高城からここに移った。
以来明治まで260年の間、6万石の城として続いたのである。
中村域は小規模ながら古くは蝦夷に新しくは伊達氏に備えたため、北方に守り堅い名城いわれ、石垣が少なく土壁をめぐらし多くの濠にかこまれているのも特色で、よく古代の城の名残りをとどめている。
ただ1つ残る大手一の門は慶安元年(1648)の建築と伝えている。
現在、中村城は福島県指定の史跡となっている。
相馬市教育委員会
『現地案内板』より
県指定史跡 中村城跡へのアクセス
- 〒976-0042 福島県相馬市中村北町
- JR常磐線「相馬駅」より徒歩20分
- 常磐自動車道「相馬IC」より車で6分