ローダーイメージ
Night Mode Night Mode
Day Mode Day Mode

虎嘯山 龍昌寺/右近清水

亘理伊達氏二代宗実の三男で伊達政宗の直孫にあたる伊達右近開基の寺院で、本堂裏手には右近夫妻の墓が残る。

虎嘯山 龍昌寺/右近清水の来歴

福島県北東端、三滝川・砂子田川・立田川などの流域沿いに位置する相馬郡新地町。町域中央部、砂子田川の北岸に旧宇多郡谷地小屋村(現新地町谷地小屋)があり、五社壇から東へ延びる丘陵山麓の字潤崎には、亘理伊達氏二代宗実の三男で、「右近」と称した伊達宗定開基の寺院、曹洞宗龍昌寺があります。

龍昌寺は、慶安二年(1649)大雄寺四世裏翁香州和尚の開山、政宗の直孫にあたる伊達右近宗定を開基とし、右近の没後その菩提を弔って創建されたと伝えます。右近は幼名を六郎、桃生郡小野の伊東家を継いで右近重定と称していましたが、伊達騒動に絡む悶着によって浪人となり、伊達刑部を名乗りました。

こうして二十八歳の若さで閑居することになった右近は、亘理伊達氏の所領であった谷地小屋村の菅ノ沢で家臣と共に退隠生活を送り、宝永七年(1710)十一月二十四日にその一生を終えました。法名は天性院殿慈心道雲大居士、釣師浜を望む本堂裏手の高台には、今も右近と奥方の墓が並んで残されています。

尚、龍昌寺は海道筋における領内最南端にある伊達家ゆかりの寺院であることから、明治元年(1868)戊辰戦争の兵火にかかり焼失。同三年(1870)に再建され、現在の本堂は平成八年(1996)に建て直されました。付近には右近の功績から名付けられた右近清水があり、水を求めて多くの人々が訪れています。

関連記事

虎嘯山 龍昌寺へのアクセス

  • 〒979-2702 福島県相馬郡新地町谷地小屋閏崎27
  • 常磐線「新地駅」より車で5分
  • 常磐自動車道「新地IC」より車で9分

右近清水へのアクセス

  • 〒979-2702 福島県相馬郡新地町谷地小屋北狼沢10−13
  • 常磐線「新地駅」より車で5分
  • 常磐自動車道「新地IC」より車で8分

参考文献

  • 角川日本地名大辞典編纂委員会編(1979)『角川日本地名大辞典4 宮城県』角川書店.
  • 大塚徳郎・竹内利美編(1987)『日本歴史地名体系4 宮城県の地名』平凡社.
  • 鳴瀬町誌編纂委員会編(1973)『鳴瀬町誌』鳴瀬町教育委員会.
  • 亘理町史編纂委員会編(1975)『亘理町史 上巻』亘理町.
  • 新地町史編纂委員会編(1993)『新地町史 自然・民族編』新地町教育委員会.
  • 新地町史編纂委員会編(1999)『新地町史 歴史編』新地町教育委員会.

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

書き出しに戻る
Close
著者一覧