宮城県栗原市

九ノ戸神社

宮城県北部に位置する栗原市。その市内ほぼ中央、現在の栗駒稲屋敷と呼ばれる地域に「九ノ戸」の小字があり、南部氏の九戸城主九戸左近将監政実を祀る九ノ戸神社が残されています。天正十九年(1591)、政実は豊臣秀吉の奥州仕置に反…

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宮城県栗原市

九戸政実 首級清めの池

県北部に位置し、秋田・岩手県と境界を接する宮城県栗原市。その旧栗駒町稲屋敷に九ノ戸と呼ばれる集落があり、昔から九戸壇と呼ばれてきました。天正十九年(1591)九戸政実の開城決意により九戸戦乱は終息。政実ら一行はこの地にあ…
宮城県登米市

神明社跡

葛西大崎一揆で激戦の地となった佐沼城から西へ七〇〇米、登米市斎場がある一角に神明社跡が残されています。天正十九年(1591)一揆鎮圧時の政宗本陣跡として、佐沼中学校東側の高台に貞山公営址碑が建立され、御陣場山として親しま…
宮城県川崎町柴田郡

圓長山 円福寺

宮城県南部、奥羽山脈東斜面の山村である柴田郡川崎町。町の東部に位置する旧支倉村(現川崎町支倉)の山あいに、支倉氏の菩提寺である圓長山 円福寺があります。円福寺は平安後期の開創と伝えられ、本尊は延命地蔵菩薩の塑像、脇仏とし…

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加美町加美郡宮城県

町指定史跡 濱田伊豆景隆の墓

宮城県西北部に位置し、大崎地方に属する旧柳沢村(現在の加美郡加美町柳沢)。鳴瀬川の支流、田川の南岸に桧葉野屋敷(ひばのやしき)の集落があり、現在宮崎中学校が建つ田園地帯の一角に、伊達政宗に仕え宮崎城合戦で戦死した名臣、浜…
宮城県白石市

泰衡館跡(太平館跡)

文治五年(1189)源頼朝軍と奥州藤原氏の戦いの舞台となった阿津賀志山から北へ約10km、現在の白石市大平中目に泰衡館がありました。泰衡館は周囲との比高約28mの丘陵に構えられた平山城で、丘陵頂部の平坦部一隅には太平神社…
宮城県登米市

津島神社

宮後県北部に位置し、葛西大崎一揆の舞台となった佐沼城がある事で知られる登米市迫町佐沼。その佐沼城から迫川沿いに1.2km程南下すると津島神社があります。文治五年(1189)源頼朝が奥州藤原氏を討伐、戦勝御礼参りの後、葛西…

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大崎市宮城県

桑折館跡

宮城県北部に位置し世界農業遺産に認定された大崎耕土で知られる大崎地方。その大崎平野の南、旧三本木町を東西に流れる鳴瀬川沿いに、東西200m・南北120mの山城である桑折館がありました。この地は北に鳴瀬川、東南麓に蛇沼を控…
亘理町亘理郡宮城県

尊久老稲荷神社

宮城県南部、阿武隈川河口に位置する亘理町に、尊久老稲荷と呼ばれる神社があります。陸奥国司・小野篁が亘理を通る際、一人の童子が道案内をしてくれましたが、この地へ来た途端、黒狐に姿を変え消え去ったことから、のちにここへ祠を建…
亘理町亘理郡宮城県

安福河伯神社

亘理町北部、阿武隈川沿いの小山に、阿武隈川(安福)の神(河伯)を祀る安福河伯(あふくかはく)神社があります。ここは延喜式神名帳にも載る由緒ある神社で、日本尊命の勧請と伝えられており、阿武隈川下流の治水用水、朝廷の北辺守護…

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