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伊達政宗文書に見える「火中文言」まとめ

仙台市史 資料編 伊達政宗文書1〜4および補遺・新補遺に収録される「火中文言」のまとめ。

「仙台市史 資料編(10〜13)伊達政宗文書(1〜4)」および「市史せんだい」収録の補遺、「仙台市博物館調査研究報告」収録の新補遺の中に含まれるすべての「火中文言」をまとめました。

令和5年(2023)12月時点で「火中文言」が含まれる総数は33通、宛先別だと上位から白石宗実・片倉景綱が5通、茂庭綱元・中島宗求が4通、伊達成実が2通で、そのほか泉田重光・伊達実元・大内定綱などがそれぞれ1通ずつ収録、年代別だと大半が天正年間で、年代未詳が7通あります。

宛先別

白石宗実 宛×5通

  • 【23】年月日未詳(天正十三年閏八月二十九日ヵ)白石右衛門宛書状
    「彼文火中、世上へひろまり候へハ、各きうふも候へく候や」
  • 【140】(天正十五年)十月十二日付白石右衛門宛書状
    「今般愚身上、只々鳶梟ニ無紛候、併右之存分之外無之候、彼書中堅々々々火中、返々」
  • 【247】(天正十六年)四月十八日付白石右衛門宛書状
    「追而、其元ヘ者、幾度自筆ニ而遣之候条、いらぬ文をハ、即火中任入候、以上」
  • 【431】(天正十七年)五月廿一日付白石右衛門宛書状
    「追而、普請彼此何共無手透候条、誠々々々散々ニ彼書調候、落字も余多、文言可為前後候、則火中、以上」
  • 【433】(天正十七年)五月廿四日付白石右衛門宛書状
    「返々、夜中与云、取紛与云、中〳〵散々ニ一書相調候、即火中、以上」

片倉景綱 宛×5通

  • 【232】(天正十六年)三月廿八日付片倉小十郎宛書状
    「夕へわかきものとうておしを候て、かゝるたひなく事を、としはへニもにあハす候事、そのミもはもし〳〵、すなわち火中」
  • 【369】(天正十七年)正月廿四日付片倉小十郎宛書状
    「この文わすれ候ハて火中、かたく〳〵」
  • 【1778】年月日未詳(慶長五〜六年ヵ)片倉備中守景綱宛消息
    「返々、むしけさん〳〵之事にて候間、何ともいて候事ならす候、此よしねん頃ニ与一左申談候て可申候〳〵、此書火中、かしく」
  • 【補255】(天正十六年)三月廿八日付片倉小十郎景綱宛書状(【232】号文書の原本)
    「夕へわかきものともと候て、うておしを候て、何ともてがふるひ候て、やう〳〵此文かき候、かゝるたひなし事を、としはへニもにあハす候事、そのミもはもし〳〵、すなわち火中」
  • 【補262】(天正十七年)正月廿四日付片倉小十郎景綱宛書状(【369】号文書の原本)
    「この文わすれ候ハて、火中、かたく〳〵」

鬼庭(茂庭)綱元 宛×4通

  • 【363】(天正十七年)正月十二日付鬼庭石見守宛書状
    「追而、此文いそき候てかき候間、なか〳〵さん〳〵よミかたく候へく候、則火中、以上」
  • 【618】(天正十九年)二月十六日付鬼庭石見守宛書状
    「十五日まてハ、何事なきよし、きゝおよひ候、此文とりこミゆへ、さん〳〵ニかき候、則火中、以上」
  • 【1843】年月未詳(慶長十年代ヵ)廿一日付茂庭石見守綱元宛消息
    「今日者少隙入候間、文にて申候、此書火中可仕候、かしく」
  • 【補391】年月日未詳(文禄三年〜元和四年ヵ)茂庭石見守綱元宛消息
    「人にもいだし候へく候、きつかひなくうけとり候へく候、かしく、文とも火中」

中島宗求 宛×4通

  • 【193】(天正十六年)二月十五日付中島伊勢守宛書状
    「こま筋・ミの筋、其いり〳〵へも、兼日之心得、肝心ニ候、彼文火中」
  • 【874】年月日未詳(天正十九年末ヵ)中島伊勢守宛消息
    「返々人のあつかいニ、ふしき成事もなき物にて候、此書中、火中、かしく」
  • 【897】年月日未詳(天正年間ヵ)某宛書状(中島伊勢守宗求宛ヵ)
    「このたひの義ハ、人もしれす候間、返々先ゆるし候へく候、さうへつの事にて候、此文、火中〳〵」
  • 【898】年月日未詳(天正年間頃ヵ)某宛消息(中島伊勢守宗求宛ヵ)
    「尚々ゆたん候ハて、すきまをかそへ候へく候、此書火中、かしく」

伊達成実 宛×2通

  • 【108】(天正十五年)五月九日付伊達五郎宛書状
    「以前ヨリ無腹蔵互申承事ニ候間、如此ニ候、彼書中、則火中、返々」
  • 【368】(天正十七年)正月廿四日付伊達五郎宛書状
    「追而、折節少病気之間、文言其外可為不調法候、則火中、以上」

泉田重光 宛×1通

  • 【1】(天正十二年)卯月三日付泉田中務大輔宛書状
    「追啓、肴両種送給候、喜悦之至候、自是も、任見来ニ、下ふくろ遣之候、誠以手首尾訖ニ候、兼又彼書中自筆にて、散々候間、火中」

伊達実元 宛×1通

  • 【80】(天正十四年)九月廿五日付伊達栖安斎宛書状
    「不存隔意申事ニ候、彼書札、有火中、可預之候」

青木新太郎 宛×1通

  • 【331】天正十六年十月十四日付青木新太郎宛消息
    「其方ならてハ、かやうニむかうニふミをも、いかて〳〵進へく候や、即火中〳〵」

石母田景頼 宛×1通

  • 【358】年月日未詳(天正十六年ヵ)石母田左衛門宛消息
    「世間珍敷事も候者、以自筆為知可申候、可心安候、此書中、必々火中〳〵」

大内定綱 宛×1通

  • 【391】年月日未詳(天正十七年三月十日頃ヵ)大内廉也斎宛書状
    「岩之底意、見届条、彼是別而用所候間、一両日中滞留可然候、彼書火中〳〵」

富沢貞連 宛×1通

  • 【723】(天正十八年)七月七日付富沢日向守宛書状写
    「不存隔心候条、及自筆候、即火中〳〵、以上」

か太(片平大和守親綱ヵ) 宛×1通

  • 【883】(天正末年頃ヵ)二月廿六日付か太宛書状
    「追而、隙指合候而彼早々ニ書候、即火中、又藤兵衛此方へ明日越候へく候、何事も明日自是可相理候、以上」

守屋意成ほか二名 宛×1通

  • 【952】(文禄二年)閏九月十一日付守屋守柏斎ほか二名宛書状
    「急度之間、落字共候、則火中」

柳生宗矩 宛×1通

  • 【1505】(慶長十九年)五月四日付柳生又右衛門宗矩宛書状案
    「一三大臣ハ爰元ニ御座候処、右大臣様御不審ニ存候、一笑々々、刻(則ヵ)火中」

稲葉正成 宛×1通

  • 【2549】(寛永二年ヵ)九月十日付稲葉内匠頭正成宛書状
    「大炊殿・雅楽殿へ、能々御申合、御油断有間敷候、此書火中」

高屋宗三 宛×1通

  • 【3866】(元和末頃〜寛永年間ヵ)十九日付高屋松庵宗三宛消息
    「此状火中、かしく」

某 宛×2通

  • 【879】年月日未詳(岩出山移転の頃ヵ)某宛消息
    「其方存ふん違候共、無二ニ身の事ハ、其身不便と思召候、用も候者、無隔意大細事共ニ、きかせ候へく候ハんも、文共火中〳〵」
  • 【880】年月日未詳(天正十九年頃ヵ)某宛消息
    「尚々彼身之あやまりニ極候ハヽ、書中ニ者のせかたき心中ニ候間、万々直々可申候、以上、火中〳〵」

年代別

  • 天正十二年(1584)×1通
    【1】
  • 天正十三年(1585)×1通
    【23】
  • 天正十四年(1586)×1通
    【80】
  • 天正十五年(1587)×2通
    【108】【140】
  • 天正十六年(1588)×6通
    【193】【232】【247】【331】【358】【補255】
  • 天正十七年(1589)×7通
    【363】【368】【369】【391】【431】【433】【補262】
  • 天正十八年(1590)×2通
    【618】【723】
  • 天正十九年(1591)×3通
    【874】【879】【880】
  • 文禄二年 (1593)×1通
    【952】
  • 慶長十九年(1614)×1通
    【1505】
  • 寛永二年 (1625)×1通
    【2549】
  • 年代未詳     ×7通
    【883】【897】【898】【1778】【1843】【3866】【補391】

※伊達政宗文書2収録の【1078】伊達上野介政景宛書状にも「火中」が含まれますが、「火中」違いと思われるので除外しました。某宛の【897・898】は中島宗求宛でカウントしてあります。今のところ新補遺は該当なしです。

参考文献

  • 仙台市史編さん委員会編(1994)『仙台市史 史料編10 伊達政宗文書1』仙台市.
  • 仙台市史編さん委員会編(2003)『仙台市史 史料編11 伊達政宗文書2』仙台市.
  • 仙台市史編さん委員会編(2005)『仙台市史 史料編12 伊達政宗文書3』仙台市.
  • 仙台市史編さん委員会編(2007)『仙台市史 史料編13 伊達政宗文書4』仙台市.
  • 小林清治(2008)『伊達政宗の研究』吉川弘文館.
  • 仙台市博物館編(2017)『市史せんだい Vol.27』仙台市博物館.
  • 仙台市博物館編(2021)『市史せんだい Vol.30』仙台市博物館.

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