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天苗山 秀麓齋

伊達尚宗、稙宗、輝宗の三霊位と福田駿河守の位牌を安置する伊達家ゆかりの寺で、近世初期のものと見られる千体菩薩が残る。

天苗山 秀麓齋の来歴

宮城県中部、名取・阿武隈両川に挟まれた海岸平野、名取平野の北部を占める名取市。市域北西部、東流する増田川が平野へ流れ出る出口北岸に旧名取郡吉田村(現名取市高舘吉田)があり、高舘山東麓の鹿野東には、伊達尚宗、稙宗、輝宗と福田駿河守の位牌を安置する伊達家ゆかりの寺、秀麓齋があります。

日本三齋のひとつと称される秀麓齋は、寺伝に依れば、延暦十七年(798)坂上田村麻呂が戦勝祈願のため大舘山の麓に西国清水寺或いは近江三井寺の観世音を勧請した事に始まるとされ、大同二年(807)比叡山伝教大師の法子義貞を開祖として秀麓寺と号し、天台宗に属して大阪四天王寺の末寺となりました。

降って、文明年間(1469-1487)越後耕雲寺四世の瑚海仲珊和尚を勧請開祖として曹洞宗に改宗、その折、本尊利勝観音に帰依して寺の護持にあたった伊達氏十三代尚宗が寺を秀麓齋として開基となる、或いは、寛文年間(1661-1673)安邦詮心和尚によって曹洞宗に改宗、秀麓齋と号したとも伝えられています。

仏殿には、近世初期のものと見られる千体仏、伊達尚宗、稙宗、輝宗の三霊位と福田駿河守の位牌が安置されています。裏山には福田乱場があることから、高舘城主で名取五郎と称した福田駿河守の菩提寺と考えられ、福田氏は文治五年(1189)平泉方に与した名取宮司の系譜をひく家柄とも推測されています。

天苗山 秀麓斎のアクセス

  • 〒981-1242 宮城県名取市高舘吉田上鹿野東88
  • 東北本線「南仙台駅」より車で10分
  • 東北自動車道「仙台南IC」より車で9分

参考文献

  • 大場貞一編(1975)『宮城県寺院大総覧』宮城県寺院総覧編纂会.
  • 名取市史編纂委員会編(1977)『名取市史』宮城県名取史.
  • 角川日本地名大辞典編纂委員会編(1979)『角川日本地名大辞典4 宮城県』角川書店.
  • 大塚徳郎・竹内利美編(1987)『日本歴史地名体系4 宮城県の地名』平凡社.

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