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冥護山館跡/西山館跡

天正年間、伊具郡の領有をめぐる伊達氏と相馬氏の抗争の中で築かれた城館で、藩政期には政宗・成実の陣城として語り継がれてきた。

冥護山館跡/西山館跡の来歴

天正十年(1582)八月条

○八月己酉大 公政宗君伊具郡角田城ヨリ同郡金津ヘ御出馬廿日許リ御在留其後小斎ノ内矢目ヘ御陣ヲ移サル時ニ相馬殿ハ小斎金山ノ境明護山ニ備ヲ立ラル仍テ小斎城辺ノ山ヲ御陣城トシ給ヒテ相備ラル此節二本松城主畠山右京大夫殿義継塩松城主大内備前定綱各人数ヲ率テ参陣セラル

『性山公治家記録 巻之四』

天正十一年(1583)条

此年小斎金山両城ノ境明護山ニ御陣城ヲ築キ亘理源五郎殿重宗白石右衛門宗実田手助三郎宗実佐藤宮内(諱不知)等ヲ籠置キ玉フ相馬殿ハ大内村ニ陣城ヲ築キ対陣セラル度々戦アリ(戦ノ様子不伝)終ニ亘理殿父子ノ謀策ヲ用ヒ玉ヒ金山丸森ノ両城御手ニ属ス

両城ヲ攻取リ玉フ事今年ヨリ来春ニ至ルノ間ナリ年月不詳御陣所ヨリ米沢御帰城月日不知

御在陣ノ内亘理兵庫頭殿元宗居城亘理ニ於テ 公嗣君ヲ供シ奉ラル元宗重宗父子ヘ 公ヨリ御鎧一領充 嗣君ヨリ御太刀一腰充遣サル元宗父子ヨリ各御馬一匹充献上セラル扈従ノ老臣以下十人(氏名不知)ニ馬ヲ贈ラルト云云

『性山公治家記録 巻之五』

仙台領古城書立之覚

伊手村

ミヤウコ山城 東西十四間 南北六十六間 九百廿四坪
右此城政宗時代相馬長門守ト取合之節政宗此所ニテ二三ヶ年程陣取被居候御仮屋之跡ニ候

西山城 東西六十六間 南北六十間 三千九百六十坪
右此城ハ右長門守ト取合之時分伊達安房成実陣取申候仮屋之跡ニ御座候右之成実伊達稙宗四男伊東実元男也当代伊達千代松曽祖父ニ御座候

『宮城縣史32 資料篇9』

伊具郡伊手村風土記御用書出

一古館 二ッ

冥護山
古館 高七丈余 南北百間余 東西拾二間余
右ハ相馬御取合之節 貞山様御陣場之由申伝候事

冥護山ノ内
西山館 高六丈余 南北五拾間余 東西廿間余
先年相馬御取合之節亘理御地頭安房様御先祖伊達安房様成実御陣場之由申伝候但二ヶ所共ニ当時ハ野山ニ罷成申候事

『宮城縣史23 資料篇1』

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冥護山館跡へのアクセス

  • 〒981-2501 宮城県伊具郡丸森町大内下白井田
  • 阿武隈急行「丸森駅」より車で12分
  • JR常磐線「坂本駅」より車で14分
  • 常磐自動車道「山元南スマートIC」より車で11分
  • 冥護山は、明子山、冥加山、妙香山、冥古山とも記される場合あり

西山館跡へのアクセス

  • 〒981-2501 宮城県伊具郡丸森町大内下白井田
  • 阿武隈急行「丸森駅」より車で12分
  • JR常磐線「坂本駅」より車で14分
  • 常磐自動車道「山元南スマートIC」より車で11分

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