町指定史跡 内出道満塚

加美町

大崎家臣で下新田城主葛岡監物配下の武将であった内出道満の墓

天正十六年(1588)大崎合戦の戦場となった宇岐須神社から東へ六五〇㍍、大祥寺境内に、大崎家臣で下新田城主葛岡監物配下の武将である内出道満の墓が残されています。内出道満は、寒さに耐えかね宇岐須神社に火をつけた伊達勢の暴挙に怒り、敵陣に切り入り壮烈な戦死を遂げました。

天正十六年(一五八八)中新田戦争の時、下新田城の将内出道満は寒さに耐えかね宇岐須神社に火をつけた伊達軍の暴挙に怒り、敵陣に切り入り壮烈な戦死をした。

現地標柱より

道満の墓はかつて三本本街道に面した道満の後裔の土地にありましたが、昭和三八年大祥寺に移され由縁碑が建てられました。また、道満所有と伝えられる長さ二尺五寸九分の太刀も後裔の方によって保管されていましたが、昭和三七年加美町赤塚の鹿島神社に奉納され、現在、加美町指定有形文化財となっています。

町指定史跡 内出道満塚へのアクセス

  • 〒981-4222 宮城県加美郡加美町町下新田原田
  • 陸羽東線「西古川駅」から車で8分
  • 東北自動車道「古川IC」から車で17分

龍の右目 伊達成実伝

吉川永青 著

kenc0224

南奥羽の名所旧跡を悠々閑々と訪ね歩き、物見遊山に日を暮らす掃苔家で巡拝家、偶に登城家なブロガー。掻い撫での道楽なため歴史は苦手。大河は、独眼竜政宗、炎立つ、八重の桜(会津編)、真田丸がお気に入り。雨降りの日は籠居して、家紋の図案を物します。

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