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葛西大崎一揆、宮崎城合戦で戦死した伊達家の智将、浜田伊豆の墓

宮城県西北部に位置し、大崎地方に属する旧柳沢村(現在の加美郡加美町柳沢)。鳴瀬川の支流、田川の南岸に桧葉野屋敷(ひばのやしき)の集落があり、現在宮崎中学校が建つ田園地帯の一角に、伊達政宗に仕え宮崎城合戦で戦死した名臣、浜田伊豆景隆の墓が残されています。

天正十九年(1591)大崎一揆鎮圧のため、政宗の軍勢は大崎家臣・笠原民部の居城である宮崎城を攻撃。城は大崎氏の残党二千余が立て籠もっていましたが、二日間の激戦の末、落城します。この戦いで浜田伊豆は城中からの鉄砲で討ち死にし、遺言により甲冑姿で城の方向へ立ったまま埋葬されたと云います。

濱田伊豆景隆の墓へのアクセス

  • 〒981-4403 宮城県加美郡加美町柳沢桧葉野屋敷
  • 陸羽東線「西古川駅」から車で21分
  • 東北自動車道「古川IC」から車で30分
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kenc0224

kenc0224

南奥羽の名所旧跡を悠々閑々と訪ね歩き、物見遊山に日を暮らす掃苔家で巡拝家、偶に登城家なブロガー。掻い撫での道楽なため歴史は苦手。大河は、独眼竜政宗、炎立つ、八重の桜(会津編)、真田丸がお気に入り。雨降りの日は籠居して、家紋の図案を物します。