金剛宝山 輪王寺

伊達氏九世大膳大夫政宗夫人紀氏(蘭庭明玉禅尼)の菩提寺で、十一代持宗が梁川に創建した。

金剛宝山 輪王寺の来歴

仙台城下町のひとつで、城下設定と同時に割り出された寺屋敷および門前町で、御山下とも称した旧北山町(現青葉区北山ほか)。その町域を東西に連なる北山丘陵の西方に、伊達家九世大膳大夫政宗夫人の所願により、十一世持宗が伊達郡梁川に創建したのがその始まりという、金剛宝山 輪王寺があります。

大膳大夫政宗夫人紀氏は、石清水八幡宮検校善法寺通清の娘で、政宗没後は仏道に帰依し、落飾して法諱を蘭庭明玉禅尼と号し、予てより禅寺の建立を望んでいました。十一世持宗は祖母の願いを成就せんと、太菴梵守和尚を招請して開山とし、嘉吉元年(1441)梁川に輪王寺を創建、祖母の菩提道場としました。

蘭庭明玉禅尼は、室町幕府三代将軍足利義満の生母紀良子の妹にあたるため、義満の子六代将軍義教は御花園天皇に奏請し、「金剛宝山輪王禅寺」の勅額を賜ったといいます。後年、梁川に創建された輪王寺は火災に遭い、御花園天皇に賜った勅額も焼失したとされ、現在は復元された額が掲げられています。

伊達氏の移転に従い、輪王寺も、梁川、西山、米沢、会津、岩出山などを転々とし、慶長七年(1602)十七代政宗の時、仙台に移りました。元禄四年(1691)四代綱村により仏殿、禅堂、客殿などが造営されるも、明治維新で藩主の外護を失い、次いで明治九年(1876)の野火で仁王門を残し灰燼に帰しました。

延焼を免れた仁王門は、輪王寺山門として仙台市指定有形文化財となり、江戸時代中期の堅実な八脚門としてその歴史を今に伝えています。境内には、東北有数の名園として知られる回遊式の日本庭園があるほか、伊達政宗三男竹松丸および殉死者の墓、伊達政宗夫人愛姫の母と伝えられる墓も残されています。

本尊

  • 木造釈迦如来坐像(仙台市指定有形文化財)

仙台市保存樹木

  • 指定番号149「輪王寺のだいおうしょう」樹高21.0m、幹周0.9m、指定樹齢100年
  • 指定番号150「輪王寺のこうようざん」樹高21.0m、幹周1.8m、指定樹齢100年

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金剛宝山 輪王寺へのアクセス

  • 〒981-0931 宮城県仙台市青葉区北山1丁目14−1
  • 仙山線「北山駅」より徒歩13分
  • 地下鉄南北線「北四番町駅」より車で6分
  • 東北自動車道「仙台宮城IC」より車で12分

参考文献

  • 仙臺市史編纂委員會編(1953)『仙臺市史7 別篇5』仙臺市役所.
  • 宮城県寺院総覧編纂会編(1975)『宮城県寺院大総覧』宮城県寺院総覧編纂会/山形.
  • 角川日本地名大辞典編纂委員会編(1979)『角川日本地名大辞典4 宮城県』角川書店.
  • 大塚徳郎・竹内利美編(1987)『日本歴史地名体系4 宮城県の地名』平凡社.
  • 石垣昭雄編(1987)『伊達政宗公ゆかりの寺院(仙台編その一)』宮城文化協会.
  • 片野達郎(1994)『金剛宝山輪王寺五百五十年史』輪王寺.
  • 八幡地区まちづくり協議会編(2007)『杜の散歩道 仙台市北西部散策ガイド』大崎八幡宮.
  • 仙台市建設局百年の杜推進部百年の杜推進課編(2009)『杜の都の名木・古木 平成20年度版』仙台市建設局百年の杜推進部百年の杜推進課.
  • 吾妻信夫編(2014)『仙台藩の埋もれた遺臣たち』北山ガイドボランティア.

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