国指定史跡 遠見塚古墳の来歴
宮城県中央部、仙台城下の南東端に接し、広瀬川北岸の宮城野原平坦地に位置する旧宮城郡小泉村(現若林区遠見塚一丁目〜三丁目・古城二丁目〜三丁目・南小泉ほか)。村域の南東端、弥生から古墳時代にわたる集落跡として著名な南小泉遺跡のほぼ中央に、古墳時代前期とされる前方後円墳、遠見塚古墳があります。
市内最大の前方後円墳である遠見塚古墳は、昭和二十二年(1947)駐留米軍によって後円部北側が削られ破壊の危機にさらされるも、同四十三年に国史跡となり、同五十年から発掘調査が行われました。後円部から二基の割竹形木棺が発見され、埋葬されたのは仙台平野一帯を支配した豪族と考えられています。
封内風土記によれば、遠見塚は政宗が若林城築城の際にこの場所から遠眼鏡で四方を眺めたことからその名がつけられたといい、封内名跡志では往時遠候を置いて敵を望んだ説が記され、藩政時代には古戦場や物見台として見なされていました。古墳西側からは、若林城下町に関する遺構や遺物も発見されています。
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仙台市
若林城跡
国指定史跡 遠見塚古墳へのアクセス
- 〒984-0823 宮城県仙台市若林区23
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- 仙台南部道路「長町IC」より車で6分