福島県郡山市

高玉城跡

会津攻めへ向かう政宗と二本松領主畠山氏支族の高玉常頼が激突、高玉城。

福島県中央部、仙道と会津を結ぶ要衝の旧高玉村(現郡山市熱海町高玉)を流れる石筵川の西側丘陵に、二本松領主・畠山氏の一族である高玉氏の居城、高玉城がありました。高玉城は、北東側は切岸が幾重にも築かれ、大手から南西にかけては二重の空堀、最上部平場には土塁が残っています。

天正十七年(1589)五月五日、前日に安子島城を落とした伊達政宗は、片倉景綱の軍勢を中心に、蘆名氏に与していた高玉常頼の軍勢が籠もる高玉城を攻めます。豪勇ぶりで知られる常頼でしたが、以前の合戦で負った鉄砲傷が癒えず、奮戦するも討ち死にし、城内の老若男女六十余人が撫で斬りにされました。

伊達軍による殺戮の中、高玉太郎左衛門尉常頼の幼子を抱いた乳母が血まみれになりながらも城外へ落ち延び、伊東助九郎に救われたと言い伝えられています。なお、この高玉地区では、五月五日が落城の日と重なるためか、端午の節句にちまきをあえて作らない家があるとのことです。

高玉城跡へのアクセス

  • 〒963-1302 福島県郡山市熱海町高玉北梨子平
  • 磐越西線「磐梯熱海駅」から車で7分
  • 磐越自動車道「磐梯熱海IC」から車で2分
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