会津攻めへ向かう政宗は、会津仙道街道筋にある安子島城を攻める。

福島県中央部、郡山盆地の平坦部に市街地が広がる郡山市の北部に旧熱海町安子島地区があり、現在の安子島小を含む一帯に安子島城がありました。この城は熱海地区を治めた伊東氏一族・安子島氏の本拠でしたが、会津と仙道を結ぶ街道筋にあるこの地は、徐々に争奪の場となっていきます。

天正十七年(1589)蘆名氏に属していた城主の安子島祐高(すけたか)は、伊達政宗の軍勢により会津攻めの要衝にあるこの城を包囲されてしまいます。祐高は一戦交えんと城に籠城しましたが、町構えや二の郭、三の郭が落とされ、あまりの劣勢を悟り、城兵の助命を条件に降伏・開城して会津に逃れました。

この地は、天正十八年(1590)に蒲生氏郷、慶長三年(1598)には上杉景勝の領地となり、慶長五年(1600)慶長出羽合戦の際には、景勝の重臣である直江兼続が一時期この城に入って指揮を執ったと云います。現在、農地・宅地化により遺構はほぼ失われましたが、地元民が建立した城址碑が残されています。

安子島城跡へのアクセス

  • 〒963-1304 福島県郡山市熱海町安子島舘前
  • JR「安子ヶ島駅」から徒歩5分
  • 磐越自動車道「磐梯熱海IC」から車で10分