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解脱山 常念寺

越後高田城の普請を終えた政宗が、帰路に就く途中に宿所としたという。

解脱山 常念寺の来歴

山形県南部、米沢盆地西部に位置し、置賜の穀倉地帯である東置賜郡川西町。町内を北東流する犬川の谷口部に旧上小松村(現川西町上小松)があり、町役場前には、神亀五年(728)藤原朝興が先祖伝来の阿弥陀如来を移して安置したことが始まりという解脱山 常念寺があります。

慶長十九年(1614)家康から命じられた越後高田城の普請を終えた政宗は、帰路に就き旧領であった上杉領の小国に一泊、翌日上小松に入ってここ常念寺を宿所とし、菩提寺であった資福寺跡にある父輝宗の墓を詣でました。常念寺には、このとき詠んだ直筆の和歌二首が残されていましたが、近年焼失したといいます。

小幡忠明が著した「米沢地名選」には、その時に詠んだ歌として次の二首が紹介されています。

常念寺で詠んだと伝わる二首の和歌

「故郷は夢にたにさへ疎からす現になとかめくり来にけり」

「越方の思ひ旅寝のふるさとに露おきまさる 草まくら哉」

『米沢古誌類纂(米沢地名選)』

常念寺にあったとされる政宗直筆の和歌

「故郷は夢に見るさへ恋しきに現になとかめくり来ぬらん」

『米沢古誌類纂(米沢地名選)』

夏刈の資福寺跡を詣でた際に詠んだという和歌

「ある時はあるにまかせて疎けれと無きあとをとふ草枕かな」

『米沢古誌類纂(米沢地名選)』

寺宝 伊達政宗筆 南無阿弥陀仏掛軸

照一眼向琰魔曰我是日本奥刕守

南無阿弥陀仏

無曇心乃月を先立て 浮世の暗を晴て こそゆけ

政宗

『置賜文化 第50号 伊達政宗と常念寺』

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資福寺館跡

解脱山 常念寺へのアクセス

  • 〒999-0121 山形県東置賜郡川西町上小松1745
  • 米坂線「羽前小松駅」より徒歩3分
  • 東北中央自動車道「米沢北IC」より車で16分

参考文献

  • 東置賜郡教育会編(1939)『東置賜郡史 下巻』東置賜郡教育会.
  • 米沢古誌研究会編(1974)『米沢古誌類纂』米沢古誌研究会.
  • 角川日本地名大辞典編纂委員会編(1981)『角川日本地名大辞典6 山形県』角川書店.
  • 長井政太郎編(1990)『日本歴史地名体系6 山形県の地名』平凡社.
  • 小国町史編集委員会編(1966)『小国町史』小国町.
  • 川西町史編さん委員会編(1979)『川西町史 上巻』川西町.
  • 川西町史編さん委員会編(1983)『川西町史 下巻』川西町.
  • 置賜史談会編(1971)『置賜文化 第50号』置賜史談会.
  • 小野榮(1987)『伊達氏と米澤』遠藤書店.
  • 大場貞一編(1977)『山形県の寺院(内陸版)』山形県寺院総覧編纂会.
  • 置賜日報社編(2001)『置賜のお寺めぐり 3市5町の330余ヵ寺総覧』置賜日報社.

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