ローダーイメージ
Night Mode Night Mode
Day Mode Day Mode

亀松山 東陽寺

原田氏の菩提所だった曹洞宗の寺院で、文明年中、高玉村の瑞竜院五世九皐宥鶴が現在地に再興したと伝わり、近くには天正年中に原田氏が居住した原田館跡がある。

亀松山 東陽寺の来歴

東陽寺縁起

当山開基は天台円宗権大僧都亀明律師にして文応元年三月一日(一二六〇)当山奥に入定。それより二百年を経て応仁二年(一四六八)当領主伊達家の重臣(樅の木は残ったの主人公十九代原田甲斐宗輔の先祖)が高玉の瑞竜院二世実庵祥参大和尚五哲の一人九皐宥鶴和尚を招き再興し曹洞宗、亀松山東陽寺と称す。その後本堂は焼失し元禄十年再建す。原田氏建立の山門と先祖供養の丸重層塔二基が現存している。伊達家が仙台に移り原田氏は船岡の領主となり小松より東陽寺を移し建てた。原田氏十九代甲斐宗輔の時寛文事件(伊達騒動)で原田家は断絶し船岡は柴田氏が拝領する処となり天和二年東陽寺は柴田氏の旧領宮城県米谷に移り現存している。

当山現住亀松山東陽寺三十三世西山大晋

『現地案内板』より

亀松山 東陽寺へのアクセス

  • 〒999-0121 山形県東置賜郡川西町上小松2733
  • JR米坂線「羽前小松駅」より徒歩25分
  • 東北中央自動車道「米沢北IC」より車で27分

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA


書き出しに戻る
Close