伊達輝宗は名僧虎哉宗乙を招き嫡男梵天丸の学問の師とした

山形県置賜地方、米沢盆地の東部、最上川の上流松川と支流和田川の合流点付近に位置する旧夏刈村(現高畠町夏茂)。その松川の堤防右岸には、二〇〇㍍四方の土塁を二重に巡らせた東北有数の寺院であったと云う資福寺館跡が残されています。

元亀二年(1571)伊達輝宗は旧赤湯村の東昌寺から虎哉宗乙を招き、資福寺の住職として好遇。天正十三年(1585)輝宗が畠山義継に誅殺されると、虎哉の引導で資福寺に葬られました。同十九年政宗の岩出山移封に伴い資福寺は移転し、梵鐘は亀岡大聖寺に、本尊は米沢福泉寺に残されるも、寺跡は次第に荒廃していきました。

後の慶長十九年(1614)政宗は越後高田城普請の帰路、旧領である置賜の常念寺に宿泊。翌日礎石のみが残る資福寺跡を詣で「ある時は あるにまかせて疎けれと 無きあとをとふ 草枕かな」と詠んだと伝わります。境内には、野手倉から移された伊達九世儀山政宗夫妻、伊達輝宗と殉死した遠藤基信の墓碑が残されています。

降って寛正十一年(1799)黒井堰が完成すると、上杉鷹山は全行程を絵図にするよう命じ、資福寺跡、それを囲む資福寺館跡、更に和田川沿いに政宗館(夏刈館)跡が描かれ、当時の様子が今に残されました。鷹山は視察の折に寺跡を訪れ、伊達輝宗の墓があることに驚き、墓域の年貢を免除、掃除人を配置したと伝わります。

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資福寺館跡へのアクセス

  • 〒999-2172 山形県東置賜郡高畠町夏茂
  • 奥羽本線「高畠駅」から車で6分
  • 東北中央自動車道「米沢北IC」から車で13分

夏刈館跡へのアクセス

  • 〒999-2172 山形県東置賜郡高畠町夏茂
  • 奥羽本線「高畠駅」から車で6分
  • 東北中央自動車道「米沢北IC」から車で13分