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覚範寺廃寺跡

政宗が父輝宗の菩提を弔うため、虎哉を開山として創建した覚範寺の跡地。

覚範寺廃寺跡の来歴

山形県南東部、米沢盆地の南端に位置する米沢市。市域の北西部、羽山北東麓に旧置賜郡遠山村(現米沢市遠山町ほか)があり、慶長年間、上杉氏の米沢入部に伴い越後から移った恵日山 西明寺の北側、旧小字「御伊勢林」には、政宗が父輝宗の菩提のため建立した寺院跡、遠山 覚範寺跡があります。

天正十三年(1585)畠山義継により輝宗が非業の最期を遂げると、信夫郡佐原村(現福島市佐原)の寿徳寺で荼毘に付され、遺骨は置賜郡夏刈村(現高畠町夏茂)の資福寺に埋葬されました。翌年、政宗は父輝宗の菩提を弔うため資福寺の虎哉宗乙を開山とし、この遠山村に覚範寺を創建しました。

天正十九年(1591)政宗の岩出山移封に伴い、玉造郡上野目村(現大崎市岩出山上野目)の天王寺の寺号を覚範寺と改めて霊牌を移し、遠山村の覚範寺は廃寺となりました。昭和六十二年(1987)の発掘調査により、一帯からは本堂跡や遠藤基信の牌所「医国院」跡と推定される遺構が見つかっています。

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覚範寺廃寺跡へのアクセス

  • 〒992-0066 山形県米沢市遠山町
  • 奥羽本線「米沢駅」より車で14分
  • 東北中央自動車道「米沢中央IC」より車で16分

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