宮城県登米市

葦名館跡(葦名在所)

戦国大名の雄であった会津蘆名氏の支流、葦名豊前盛寿が居住した在所跡。

宮城県北西端にあって夏川を境に岩手県に接し、南境を迫川が東流する旧石越村(現登米市石越町)。戦国期には葛西・大崎の二大勢力の接点となったこの地に、かつて戦国大名の雄であった会津蘆名氏の支流、葦名豊前守盛寿が1,500石の領主として居住した葦名館がありました。

天正十七年(1589)政宗によって蘆名氏が滅ぼされると、蘆名氏十四代盛滋の曾孫、針生盛信は政宗に仕えます。針生氏はのちの延宝四年(1676)本家蘆名氏が断絶した事を憂いた四代藩主伊達綱村の命により、葦名に復姓。降って宝暦七年(1757)盛寿の代に、中新田よりこの地に転封され領主となりました。

多くの家臣が知行地を持っていた石越村で、最大の知行地を持っていたのは準一家の葦名氏で、侍屋敷25軒、足軽屋敷15軒の在所を拝領、家僕109口があったと云います。現在周辺は宅地や畑地へと変わり、ひっそりと祠が残されているのみです。また葦名氏十代靫負は、のちの戊辰戦争で額兵隊総督として活躍しました。

葦名館跡(葦名在所)へのアクセス

  • 宮城県登米市石越町北郷小谷地
  • 東北本線「石越駅」から車で8分
  • 東北自動車道「若柳金成IC」から車で12分

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