奕葉山 昌伝庵の来歴
仙台城下町方二十四町の六番目に列し、開府当時は南町の西裏(旧本荒町、現一番町一丁目・二丁目ほか)にあり、若林城普請に伴って現在の毘沙門堂前に移転したという、譜代町のひとつ、荒町(現若林区荒町)。その町の守護神ともいうべき毘沙門堂の南西方に、仙台藩祖伊達政宗ゆかりの寺院、奕葉山 昌伝庵があります。
昌伝庵は、永正三年(1506)伊達家十三代尚宗三男久松丸供養のため米沢に創建され、十七代政宗に従い、岩出山を経て、仙台へと移りました。松音寺、泰心院、輪王寺とともに、仙台城下の曹洞宗四大寺に数えられ、寛永六年(1629)には、徳川幕府によってほかの三ヵ寺とともに僧録司に指名され、領内曹洞宗寺院の総支配にあたりました。
宝永四年(1707)、明和元年(1764)の大火で類焼してしまいますが、明和二年に庫裏などを再建、同八年には本堂の修繕が行われ、現在に至ります。境内には、国宝に指定されるも空襲により焼失した仙台城大手門のほか、本丸東辺の崖に突き出た数奇屋風書院造りの建物である懸造が、模型により精巧に再現されています。
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米沢市
奕葉山 昌伝庵
奕葉山 昌伝庵へのアクセス
- 〒984-0073 宮城県仙台市若林区荒町56
- 地下鉄南北線「愛宕橋駅」より徒歩6分
- 東北自動車道「仙台宮城IC」より車で12分