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慶長出羽合戦の後、最上・上杉両軍の戦死者を葬ったと云う

羽州街道の宿場町として栄え、かみのやま温泉で知られる山形県上山市。天正十六年(1588)伊達と大崎・最上連合軍が争った大崎合戦の際、政宗の母・義姫が国境である上山の中山峠に於いて両陣営に割り込み、停戦を懇願しながら居座り続けたと伝わります。

その義姫が居座った正確な場所は不明ですが、一説には当時の国境である「首塚」の碑が建っている付近だとも考えられています。この首塚は後の慶長出羽合戦の際、この一帯で最上軍と上杉軍が激戦となり、両軍ともに多くの戦死者が出たため、その霊を鎮めるために双方で国境に築いたものです。

中山峠 首塚へのアクセス

  • 山形県上山市中山
  • 奥羽本線「羽前中山駅」から車で5分
  • 東北中央自動車道「山形上山IC」から車で19分
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kenc0224

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南奥羽の名所旧跡を悠々閑々と訪ね歩き、物見遊山に日を暮らす掃苔家で巡拝家、偶に登城家なブロガー。掻い撫での道楽なため歴史は苦手。大河は、独眼竜政宗、炎立つ、八重の桜(会津編)、真田丸がお気に入り。雨降りの日は籠居して、家紋の図案を物します。