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通宝山 永昌寺

仙台藩祖伊達政宗生母である保春院殿(義姫)の葬礼場跡に中興された寺院で、葬礼道具や棺を祀った灰塚が現存する。

通宝山 永昌寺の来歴

仙台城下町のひとつで、城下北部の北山輪王寺門前より広瀬川左岸沿いの新坂に至る通り、旧新坂通(現青葉区新坂町ほか)。通りと北九番丁との交差地より北側には足軽・寺屋敷などが立ち並び、その西北端には、藩祖伊達政宗の生母保春院(義姫)の葬礼場跡に中興された寺院、通宝山 永昌寺があります。

永昌寺は、往古は北四番丁(東北大学病院付近)にあったとされ、いつ誰の開山かは詳らかでなかったものの、保春院殿卒去の折、葬礼が営まれた現永昌寺の地を賜り、寛永年間(1624-1644)輪王寺十三世角外麟恕和尚によって中興開山され、同十五年(1638)北四番丁から現在の新坂通に移ったといいます。

本堂裏にある灰塚は、元和九年(1623)八月五日に営まれた保春院の葬礼場跡に祀られたもので、中陰中に原野を葬礼場として空棺で葬礼を行い、棺や葬礼道具を燃やした灰を多量の土で覆ったもので、周囲を枡形に堀と土塁を廻らすなど、伊達家特有の葬送儀礼を伝える貴重な史跡として今に残されています。

寺宝として、享保十六年(1731)五代藩主吉村が寄進した銅製の香炉が残されています。「胸にのみくゆるもかなし面影をこの世にかへす煙ならぬは 吉村」と刻まれた香炉は、病に伏した吉村が、自分の身代わりとして鹽竈神社に祈願断食して亡くなった侍医の菩提を弔うために寄進したと伝えられています。

本尊

  • 千手観世音菩薩(平安中期の仏師定朝の作と伝わる。仙台三十三観音第四番札所)

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通宝山 永昌寺へのアクセス

  • 〒981-0934 宮城県仙台市青葉区新坂町18−1
  • JR仙山線「北山駅」より徒歩9分
  • 地下鉄南北線「北仙台駅」より徒歩16分
  • JR「仙台駅」よりバスで「輪王寺前」下車、徒歩3分
  • 東北自動車道「仙台宮城IC」より車で12分

参考文献

  • 藩祖伊達政宗公顯彰會編(1938)『伊達政宗卿傳記史料』藩祖伊達政宗公顯彰會.
  • 仙臺市史編纂委員會編(1953)『仙臺市史7 別篇5』仙臺市役所.
  • 大場貞一編(1975)『宮城県寺院大総覧』宮城県寺院総覧編纂会.
  • 角川日本地名大辞典編纂委員会編(1979)『角川日本地名大辞典4 宮城県』角川書店.
  • 大塚徳郎・竹内利美編(1987)『日本歴史地名体系4 宮城県の地名』平凡社.
  • 石垣昭雄編(1987)『伊達政宗公ゆかりの寺院(仙台編その一)』宮城文化協会.
  • 八幡地区まちづくり協議会編(2007)『杜の散歩道 仙台市北西部散策ガイド』大崎八幡宮.
  • 吾妻信夫編(2018)『仙台藩を彩った異才たち』北山ガイドボランティア.

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